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第4回 中国東北 うたごえの旅 ~瀋陽・長春・ハルピン・方正~ 2011.7/5(火)~12(火)8日間

投稿日:2011年7月12日 更新日:

小川邦美子 田口順子 と行く

第4回 中国東北 うたごえの旅 ~瀋陽・長春・ハルピン・方正~

2011.7/5(火)~12(火)8日間

■「中国東北うたごえの旅」の思い出         米山 惇

◇ はじめに ◇
かねてから中国にともしびの様なお店ができないか、又ともしびのオペレッタ劇「金剛山のトラたいじ他」の公演ができないかと考えていました。そんな時、友人の『北京週報社・日本特派員』の賀雪鴻さんが、ともしび合唱団に入っていたことを月刊ともしびで知り、ビックリ。その上2004年10月に『中国北京・うたごえ交流の旅』をお世話すると聞き、二度びっくり。ともしびから「司会・歌手 小川邦美子さん、伴奏 小松原奈々子さん」参加。交流の模様を北京放送局が日本向け放送しました。それなら私も『中国・東北でうたごえ交流』(旧満州での交流)をと、2008年から企画しました。

お陰で『遼寧省外事弁公室』および『遼寧省国際交流センター』が応援して下さり、『第一回うたごえの旅』を「大連アカシア祭り」に設定しました。しかし、訪中直前に『四川大地震』が発生、「アカシア祭り」は中止となり、中国全土で三日間の『喪に服す』ことが決定。そのため公園など外での交流はできませんでしたが、『中日歌合唱団』との交流はでき、瀋陽でも『老幹部大学校』での交流や夜の『北陵公園前庭』での歌の交流などで盛り上がりました。さらに『遼寧省人民対外友好協会』が『歓迎宴』を催して下さいました。

本年で4回目の『うたごえ訪中』となりました。遼寧省外事弁公室の話では「遼寧省にも日本から多くの合唱団が来ます。大きな会場で、多くの観客の前で歌い、終わりとなります。しかし、ともしびの皆さん達は合唱団では無く歌の愛好家で、ともしびのお店に来るお客さんが中心だと聞いています。その人達が公園でも広場でも、中国の人達の中に入って一緒に歌う。これが本当の『民間交流』だと高く評価しています」とのことでした。これからも『民間交流』を続けていきたいと思っています。

最後にともしびの皆さんが、献身的に『友好交流』を盛り上げて下さり感謝しています。

■同行者 小川邦美子
瀋陽(奉天)=遼寧省、長春(新京)=吉林省、ハルピン=黒竜江省、と駆け足の旅でした。
地元合唱団とのうたごえ交流は、ガイドさんが通訳をしてくれましたが、何分スムーズには行かない…それぞれに2曲位ずつ交互に披露していきます。我々は「さくら」「花―滝廉太郎」から始めました。ただ、交歓しているだけだと垣根が取れませんよね…いつの間にか小川が仕切る形で共通して理解できる曲「北国の春」「幸せなら手をたたこう」「モスクワ郊外の夕べ」などを選んでいくと、聴きあう関係から歌い合う関係(これこそ「うたごえ交流」)に変わっていく!
テンポのある曲ではダンスが始まったり!楽しかったのは「ドレミの歌」の振り付け…レ=列、ミ=耳、などと日本語からの振り付けであることを説明してもらいましたが、みんな楽しそうにやってくれる!!合唱も素晴らしいレベルですが、音が流れると体が動いてしまう国民性(?)なのかもしれません。
小川としては「まつり花」「草原情歌」を中国語で歌えるように準備していったことが良かったかな、喜んでいただけたようです。
○731部隊址:資料館
敗戦に伴って多くの施設が爆破されたようですが、それでも広大な施設が残っていました。森村誠一「悪魔の飽食」を恐怖を持って読んだことがありますが、冷たいレンガ造りの廊下を歩くときに背中を冷たいものが走りました。資料の中に石井隊長の家族写真が展示されています。軍服こそ着ていますが、いかにも好々爺といった幼い子ども達に囲まれたショット…携わった多くの軍人にも愛すべき家族があっただろうと思うと、人間性を奪われた狂気を見る思いでした。
○方正(ほうまさ)地区日本人公墓
(ハルピンから高速バスで3時間)
羽田澄子監督「ああ満蒙開拓団」に詳しいのですが、終戦後にロシア国境の開拓団にいた何万という人々が日本に帰ろうと移動する中で、力尽きて亡くなられた方々の墓です(方正地区だけでも5.000人を超える)。野ざらし状態にあった骨をまとめて墓を作り、地元の方が管理しています(最近、日本政府も管理費の一部を負担しているようです)。線香や花を手向けて日本酒で献杯をし「ふるさと」を歌ってきました。綿のような種子をとばす樹が周囲にあり、まるで雪が降っているような光景に涙しました。

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