海外ツアー

清水正美と行くエストニア歌と踊りの祭典&フィンランド 2004年7月2日(金)~9日(金)

投稿日:2004年7月9日 更新日:

清水正美と行くエストニア歌と踊りの祭典&フィンランド

2004年7月2日(金)~9日(金)
清水正美 小松原奈々子  同行
一行18名様

旅の魅力と特徴

☆エストニア歌と踊りの祭典 1869年タルトゥから開催された祭典。民族高揚運動の一環として開催されて以来、常に民族独立の大きな力となり「歌う革命」とも呼ばれてきました。5年に一度開催され、前回1999年に行われた祭典には856団体、24875人の出演がありました。まさに熱気にあふれ、歴史あるこの祭典に参加します。

☆各地で現地合唱団との交流を予定、言葉を越えて歌い交わしましょう。

☆美しいフィンランドの森をハイキング、森と湖の国をのんびり楽しみます。

☆歌声喫茶ともしびのソプラノ歌手・清水正美と伴奏者が全行程同行。旅の道中も楽しく進みます。

●ツアー報告

エストニアの歌と踊りの祭典に同行して          小松原奈々子

7/2~9まで「清水正美さんとゆく、エストニア歌と踊りの祭典∩フィンランド」のツアーに伴奏者として同行しました。エストニアに行く前にこの「歌と踊りの祭典」が、「歌う革命」と呼ばれ5年に1回の国民を挙げての祭典で、3万人の出演者と30万の観客が集まるという話を聞き、その写真を見ましたが、全然その大きさやイメージが浮かびませんでした。このツアーではそれを身体で、実感、感動しさらに、うたを通してたくさんの人たちと交流してきました。

・歌と踊りの祭典へ
ホテルからバスで、「うた野原」と呼ばれる祭典の会場に向かいました。行く道沿いには色鮮やかな民族衣装を身に着けた女性や、大人や子どもたちが歩いたり、自転車に乗ったり同じ方向へと向かっていました。私達のバスと平行して、中学生くらいの子供たちを乗せたバスが走っていて、その子供たちとすれ違うたびに何度も窓越しに手を振り合いました。椅子から身体を乗り出して手を振る子供たちの笑顔は何とも言えず可愛いくて、無邪気な、親しみに溢れた表情でした。
歌の野原は大きな公園の一郭にあり、公園の門を入ると目の前に大きなドームが見えました。更に進むと右手には野原が広がり、左手には大きなステージが人で埋め尽くされていました。そのステージは40段もの階段から成り、ステージ上の人々はみな色とりどりの衣装で、女性はさることながら、男性も水夫の服や紳士風に背広できめたり、Tシャツでラフな感じだったりと様々でした。
出演者の大歓声とともにうたの祭典が始まりました。聖火ランナーが登場し、コンクリートでできた塔(6階くらい)を上がり、各階のバルコニーいる子ども達が持ったたいまつに炎を灯しました。ステージ中央にはゴンドラのようなものが立っていて、そこから指揮者が登場しました。1曲ごとに指揮者が代わり、そのたびに出演者から歓声が上がり、指揮者もそれに応えて、大きく手を振り、曲の初めの音を出して合唱がはじまりました。
1曲目が始まった途端、2万人もの声が私の身体を貫き、それから包むように響きました。何故か涙が溢れてきて「この感情は何?」と自分を押さえられませんでした。半分以上の合唱はアカペラで、不思議なくらい声がまとまっていました。混声合唱の他、女性合唱、男性合唱、こども達の合唱と、次々続きました。子どもたちの合唱では体を揺らしたくなるようなリズムで、振りがついたり、凄く楽しかったです。また、ブラスバンドやオーケストラの伴奏が加わり、ともしびの音楽祭で演奏した「威風堂々」や「フィンランディア」も楽器と合唱で合同演奏され、これには大感激でした。そして、エストニアの第ニ国歌であり、とても厳粛な歌とされている「我が祖国、我が愛」をツアーの参加者の方とともに旅行の説明会や出発前の空港の待合室で練習していたのですが、祭典の終わりの方でその歌が演奏され、私たち聴衆も起立して聞きました。それは本当に出演者の気持ちがひとつになり、力に満ちた、誇り高い演奏で、また、涙が出てきました.。
歌っている人達の表情が大きな画面に映し出され、子ともからお年寄りまで、みんながとても誇らしげで、喜びに溢れていて夢のようでした。人が戦争や殺人や争いを起こすなんて考えられないないほど、音楽で結ばれた姿に感動しました。

・市民合唱団との交流
エストニア四日目の夜は、歌の祭典に出場したエストニアの市民合唱団との交流会があり、エストニアの民族音楽や結婚にまつわる歌や教会音楽などをアカペラで聴きました。どの曲もハーモニーがまとまっていて、うっとりするほどきれいでした。私達も滝連太郎の「花」、「ふるさと」を、清水さんが独唱で「初恋」を歌いました。
歌の祭典に出演した合唱団だったので、祭典について色々と質問しました。「どうして、2万人の人の声がずれないで合うのか?」という質問には、「それは、みんなが指揮を見ているからです、みなが指揮者に集中するからです」と、あまりにも単純明快な答えが返ってきました。この祭典がどのように行われるのかということでは、祭典の事務局に各合唱団が登録し、出演する合唱団は指揮者が選びます。祭典の1年前に出演する合唱団が決まり、練習は指揮者が各地を周るそうです。ここでは指揮者の存在が絶大で、合唱のステージの最後には、何人もの指揮者が胴上げされました。祭典は3日前から全体練習をして本番に臨むそうです。合わせから本番2日で5日間がかりです。子供のころから学校で合唱の授業がさかんに行われ、慣れ親しんでいます。質問が終わった後、日本からのお土産をテーブルに広げ、ケーキを食べながら団員の人達と片言の英単語と身振りで会話したこともとても楽しかったです。日本からの留学生で大学で作曲の勉強をしている学生さん(男性)が団員になっていました。とても素朴で気さくな人で交流会のあと一緒にとった食事の席では、みな色々な話しをききたいと、テーブルからテーブルへ引っ張りだこでした。

・フィンランドで
ツアー5日目は、エストニアから高速船で1時間40分のフィンランドに渡りました。泊ったホテルは森と湖に囲まれ、日本でいう青年の家や合宿所をきれいにしたような感じで、体育館や集会室などが揃っていました。夕食後、ホテルのロビーでうたごえをしました。「白いばら」「のばら」「リりーマルレーン」「ドレミのうた」「マイウェイ」などなど。私はアコーディオンで一人で伴奏するというのは始めてだったので、必死に楽譜を追いながら弾いていてふと周りに目をやると、ドイツ人やフィンランド人が一緒に楽しそうに歌っていました。なんて素敵なんだろうと思いました。また、シベリウス広場のシベリウスのモニュメント(正面はパイプオルガンの形で、横はフィンランドの森を表している)の下では、自由と平和を求めた人々ことを思い起こしながら「フィンランディア」を歌いました。、
ツアーに同行して、「これからも音楽や人との出会いを透して、頑張って行こう!」ととたくさんの力をもらいました。  以上。

●参加者から 歌は道連れ、世は出会い        福岡   田上和子

初めての海外旅行で「帰りたくない」ほどはまってしまい、それからは毎年海外へ出かけてましたが、だんだん型通り(観光地は短時間で買物店は長時間等々)、それに現地の人々との交流のない旅に物足りなさを感じていたところ、今回の「歌の革命エストニア」に魅かれ、とびこみました。
旅行社のテーマが「平和、環境、人権」で、以前、私が加入していた「自由平和フォーラム」のテーマとも重なり、これから世界がめざすべきテーマでもあると考えます。今回の旅行はその予想通り、大変良かったです。まず、同行の方々がそのテーマで通低しているので、話がよく合いました。その上「歌ずき」なので「そこにいつも歌が」ありました。移動のバス内で、ホテルのロビーやレストランで、石の教会や博物館等で「ちょっとお茶」ではなく「ちょっと歌」でした。そして、地元の合唱団との交流も組み込まれ、真近でコーラスを聴いたり、お茶しながら片言で話せたのも収穫でした。
更に、長時間バスに揺られる旅が多いのに今回それがなく、逆に散策(森や公園)が適度に入れてあり、身体のバランス上ラッキーでした。また、一日のスケジュールもゆったりしていて、自由時間にスーパーをのぞいたり、周辺を歩いたりして楽しめました。
<合唱祭>
歌の原へ続々と連なるバス、自動車、歩く人々。出演者が数万人で観客が数十万人とはこの目で見るまではどんなものか予想がつきません。さて、来賓の挨拶に始まり、国鳥(つばめ)のオブジェや聖火に国歌の祭典を感じました。各地の民族衣装を晴れやかに身につけ親子代々引き継がれてきたこの合唱祭、、、歌声の透明さ、7千人の声がまとまっていることへの驚き、そしてスケールの大きさに圧倒されました。小学校ごとに合唱クラブがあり、家庭で学校で地域で、日常的に「歌」があるのを感じました。
<3日目>
自由行動で、音楽、演劇博物館へ。古いオルガンを触っていると、「これはダメだけど、こちらはどうぞ」と館長さんに立派なピアノを示され、皆で「ちょっと歌」になりました。緊張しながらも私はソロで「オーソレミオ」を歌わせてもらい、いい経験になりました。
旧市街を歩いている時、ビルの案内板に菊の紋章を見かけ「えー」と思っていると、それが日本大使館だと聞きなおびっくり。住井すえさん風にいうと「内なる天皇制」への一つの慣らしか?
ダンスの祭典では、西日の照りつける座席で大変。きれいな民族衣装を纏った老若男女の集団がフォークダンス、スクエアダンス等踊っていて、結構ハードなステップがあり、見た目より体力、テクニックがいるんだなと思いました。
<セルツ セガクールとの交流>
この合唱団は「歌の祭典」にも出演し、有料の演奏会も行っているとのことで、素晴らしい合唱を聴かせてくれました。真っ赤なワンピースの上に白のケープをはおり、ストーリーのある花嫁の歌、ビールのジョッキを傾けて飲む仕種等が印象的でした。普段の発声練習も見せてくれ、高い音の時、膝をカクンと緩めるやり方は同じだなと思って見てました。メンバーの中に日本人男性がいて驚き。昨年秋にこの合唱団に入り、指揮で音大に入ったが、今はパソコンで宗教曲も作曲しているとのことでした。
<ヘルシンキへ>
ヘルシンキへの船中、暇だったので向いの2人の外国人女性に話しかけてみました。彼女達はアイルランドで高校教師をしていて、百人の団体でヘルシンキへ観光に行くとのことで、「私も教師」と話すと、お互いの学校のようす等をチビリチビリと喋りました。旅での楽しみの一つは出会った人々との交流なので、思い切って話しかけて良かったと満足しました。
ヌークシオ公園では雨で、ラズベリー摘みには少し早かったけれど、小さな目を大きくして捜していると「あった!」ガイドさんに「ベリーです」と確認してもらい、1粒口に入れ「あー、おいしい」ラッキーでした。 
ホテルの周辺を散歩していると、サウナから出て湖に入っている人が見えました。「寒くない?」と尋ねると、両手に力を入れ体を震わせるリアクションを見せてくれました。室内プールでは、4~5人の同行者が泳いだりして楽しんでいて、、、皆さんタフですねえ。
<6、7日目>
公園内をゆったりコースの標識に沿って散策。青、ピンク、白ときれいに咲いているルピナスを背景に写真を撮ったりして湖に到着。ハスの花の隣の”こうほね”を教えてもらいました。野外博物館では、リスのエサ(ナッツ)を手のひらにのせて「カッカッカッ」と呼ぶと、やっと何度目かに小さいリスがチョロチョロと出てきて、手からエサ1つ取って食べてくれました。バラのドライフラワーが沢山のピアノカフェで一休み。「ちょっと歌」となり、皆さんいろいろ歌われた中、私は清水さんと「翼がほしい」をデュエットできたのが嬉しかったです。
ヘルシンキは2回目でした。シベリウス広場にある大きなパイプのオブジェとシベリウスのマスク像はやはり強く印象づけられました。その上、今回はこれを背景に皆で「フィンランディア」を熱唱(?)したのですから、、、スゴイ!また、近くにある石造りの地下教会でも「ふるさと」等、ステージで歌うことができて、ほんとに「歌づくし」でした。素晴らしい体験、旅行でした。お世話になった皆さんへ「アイタ」(ありがとう)そして「ナケミーン」(さようなら)を送ります。

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